不適応? よろしやないか




不適応?


 自分が不適応を抱え込んでるせいか、不適応者には興味を持っている。その言動を逐一観察する。軽症例にはさほど関心がない。強い関心を持つのは、しばしばトラブルを引き起こす深刻な人たちです。

 コミュニケーション不全とも、対人不適応、対社会不適応ともいう。彼らの異様な言動は、そのいくばくかは僕自身にも身に覚えのあること。なので真意が透けて見えることがある。もうちょっと踏み込んで探りたい。シンパシーはない。おつきあいしたいとも思ってない。遠巻きにして観察するのみ。


 不適応者の様相は多様で、百人百様と言えるほどに異なる。共通する部分はいくつかある。他人の気持ちや真意を汲み取れない。自分の言動がまわりにどういう印象と影響を与えるかについては、無頓着。コミュニケーション能力は絶望的なほど弱い。

 その他、人によりけりだが、よく見られる性向をいくつか。プライドが異様に高い。劣等感も強い。批判的と見た意見を受け入れず、徹底的に反論する。いったん関係が壊れた相手との仲を修復できない。自己チュー。思い込みが激しい。的確な判断能力を持たない。自分に都合のいいストーリーを作って、その中に安住する。行動パターンが固定し、自分で変えられない。我慢の閾値が低い。欠損感覚からくる渇望感が常態化。現実逃避。誇大妄想。被害妄想。属性は多種多様。いくらでも出てくる。

 神経質な人も多い。他人に対しての無神経と、他人から自分に対しての神経過敏は同居しうる。

 両極端に分かれる気質もある。執念深い(根に持つ)タイプと、こだわりを残さない人。扱いに困るのは前者だが、後者もある意味厄介。問題行動をいくら注意しても改めないのは、主として後者。


 人の気持ちや真意を汲み取る能力は、「推し量る力」とも言い換えられる。大概の人は社会で生きていく上で無意識のうちに身につけている。目の前の人がどういう意図を持って話しているのか。それを知ることが重要であると、普通の人はわかっている。相手を認識できるかできないかで、時として人生を変えることがある。

 不適応者の多くは、この能力を持たない。彼らは人の気持ちを推し量る能力を超能力であるかのように考えている。力ではなく、習慣によって獲得できるものだ。「人を見る」習慣。これがあるかないか、だけ。


 彼らの頭の中にある「判断のモノサシ」は歪んでいるので、しばしば理解不能な行動に走る。モノサシが歪んでることを自覚していれば暴走も抑えられる。自覚する人は少ない。

 不適応者は冗談が通じにくい。冗談を言ってみなが笑っている場で、一人だけぽかんとしてる人を、ときどき見かけます。ジョークによる笑いは、その場のシチュエーションとの微妙な乖離から生まれる。場の空気の読めない人はギャップが見えません。認識能力の低さゆえ、何がおかしいのか理解できない。

 不適応者はささいなことで怒りを爆発させる。前兆は見えない。内部にたまりこんだものがあるが、他人には見えない。ふだんはある程度抑えている。そこに無理があるから、簡単に押さえ蓋がふっとぶ。怒りの根っこは別なところにある。だからどうしてそんなに激昂するのかは、まわりの人にはさっぱりわからない。

 症状のひどい人など、どうしてここまで悪くなったのか、何がつまずきの石だったのか、踏み外した分岐点はどのあたりにあったのかと、知りたくなる。憶測だが、家庭環境に原因のあることが多いんじゃないか。


 不適応であることを彼らは自覚してるのか。僕の観察では三種類に分かれる。最も多いのが「まったく認識していない」。他の二つは「意識下で認識しつつ、表面上は否定している」「認識して改善を試みてあがいている」。

 不適応者の多くは、周囲との人間関係がうまくいってないことに気づいている。その原因を理解できないか、考えようともしていない。周囲との関係が良好なら人生も楽しいはずだ。それができないのは悲しい。はたからは見えてても、下手な口出しは無用。しばしば傷口に塩をなする行為となり、激烈な攻撃となってはね返ってくる。

 不適応は治る可能性があるんだろうか。僕自身の経験から見て、まず無理。矯正は容易じゃない。頑張ってしまうと、かえって自分を追い込んでマイナスの結果をもたらす。


 不適応者は「異様に高いプライド」と「過剰な劣等感」がセットになっている例が多い。劣等感を捨て去ることはなかなか難しい。欠損は人それぞれにある。誰しも大なり小なり劣等感を持っている。開き直ってオープンにできれば楽になれるのだが。道化となって人を笑わせるのは楽しいし、不都合はどこにもなかろうに。

 不適応を改善するのは難しいが、要はコミュニケーション能力の問題だ。これが円滑に的確になれば、人生楽になれるはずなのだが。

 不適応者であることはマイナスばかりでもない。怖いもの知らずの猪突猛進は不適応者ならではのもの。そのエネルギーを正しい方向に向けてさえいれば、展望が開ける。社会に過剰適応してやりたいこともできず、神経症になる人よりは救いがある。

 猪突猛進で成功するには、あくまでターゲットポイントのピントが合っていることが前提。最低限、そこを見極めるだけの判断能力は、持っといてもらわないといかんわけだけど。


ひょっこり通信 2001.3.1




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